染織工房 空蝉(うつせみ)esinu – NARA TEIBAN

染織工房 空蝉(うつせみ)esinu

esinu のものがたり

深い喪失感のなかで出会った染織の世界

奈良の奥⼤和と呼ばれる、⾃然豊かな東吉野村。この地に「染織⼯房 空蝉(うつせみ)」はあります。⼭野の植物から染料を取り、蚕から⽷を紡ぎ、“染め”と“織り”の暮らしを営んでいますが、ここに⾄るまでにはいくつかの⼤きな⼈⽣の転機がありました。

⼈⽣を賭けることになる映画との出会い

愛媛県で⽣まれ育ち野⼭を駆け回っていた少⼥時代を経て、百貨店への就職を機に憧れの東京へ。⼥性のキャリア⽀援など⽂化の先駆けをつくる仕事にやりがいを感じていた20代。しかし、30歳を⽬前に「⾃分には軸がない」と考えるように……。仕事を辞め、前職で興味を持ったコミュニケーションメディアに関する知⾒を深めるためニューヨーク留学を決断したのです。ところが、⺟親の病気を機に半ばにして帰国。「これからどうしよう」と模索するなかで出会ったのが⾹港映画でした。

映画の「新しい波」とともに駆け抜けた四半世紀

時代は、⾹港ニュー・シネマ全盛期。その魅⼒に衝撃を受け、「この素晴らしい映画を⽇本の⼈々にもぜひ知ってもらいたい」という⼀⼼で仲間と共に会社を⽴ち上げ、配給や公開に奔⾛するうちに規模は拡⼤し、世界の映画祭を席巻する監督や俳優たちと家族ぐるみの付き合いをするほど実績と信頼を積み上げていました。しかし、尖閣諸島問題等をきっかけに状況は⼀変。
25年間続いた会社は閉鎖を余儀なくされたのです。「⼈⽣は終わった。愛と情熱をかけて積み上げてきたことは、すべて間違いだったのだろうか……」。悲しさと悔しさがあふれ、失意の底に落ち込みました。

つらいさなかにふと湧き上がってきた染織への想い

家賃も払えず、将来の展望もなく、友⼈宅へ居候することになった時、持ち込んだ私物の中に5冊の書籍が。そのうちの3冊が、以前から不思議と惹かれていた“染織”に関するものでした。本を眺めているうちに涙がポロポロこぼれてきて、この世界に⾝を置きたいと思えたのです。それは暗く閉ざされた部屋に⼩さく開かれたドアから⼀条ひとすじの光が射すような、⼼震える瞬間でした。

蚕の⽷から紡いだ、花びらのように繊細なシルクストール

故郷の愛媛県に蚕から⽷を紡いで染め織る技術を学べる施設があることを知った私は故郷に戻りその道を学ぶことにしました。毎⽇⼿を動かし、⽷と格闘する⽇々。とくに繭から引き上げたばかりの「⽣⽷」と呼ばれる
細くてしなやかな絹⽷に魅せられ、その⽷を草⽊で染めて⼿機で織る作業に没頭しました。そして5年経った頃、「ぬくぬくとしていてはダメ。⾃分だけの⼯房を作ろう」と思い⾄ります。

野⼭と美しい湧⽔
偶然に導かれるように新たな拠点としてふさわしい古⺠家と出会った

新たな挑戦の始まりは、⼯房の⼟地探しからでした。
唯⼀の希望条件は、⼭の⽔が使える場所であること。関⻄を中⼼に⼟地をめぐる⽇々が続き、ある⽇、トンネルを抜けると奈良に辿り着いていました。「奈良に⾏くことがあったら、⽔の神様をまつる吉野の丹⽣(にう)川上神社に⾏きなさい」と染織の先⽣に教わったことを思い出し参拝へ。するとその⽇、村⺠に声をかけられ、空き家を紹介されたのです。裏⼭があり、⽯垣から美しい⽔が湧く、広い古⺠家。とんとん拍⼦で移住が決まりました。ただ、これから何をして⽣きていけるのか、当てはないままの移住でした。

⼤きな安⼼感と、得もいわれぬ喜びを感じて

染料を取るために草⽊を洗い、⽷や布を繰り、幾度も洗う。カタンカタンとハタを織る。そういった反復作業をしていると、まるで⾃然と⼀体化し、⾃分がその⼀部になったような感覚になります。この静かな作業を通じて喪失感は癒されていきました。圧倒的に美しい東吉野の⾃然に抱かれ、ゆったりした時間の中で、⽬的なくただただ染め織る⽇々。それは、⼼⾝の奥底を癒す究極のセラピーだったのです。

奈良時代からの歴史を受け継ぐ染めと織り

染め織りのことを深く知るほどに、ご先祖様たちが守ってきた知恵や愛のバトンの先に⾃分が存在することに思いを馳せ、守られているような託されているような気持ちが湧いてくるようになりました。そしてこの瞬間にも息づいている⼤⾃然の広がりの中に抱かれていることも感じるように……。今ここにいる⾃分が、壮⼤な時空を超えて縦にも横にもつながっている。その感覚に⼤きな安⼼感と、得もいわれぬ喜びがありました。

季節ごとに循環する草⽊から抽出した“無限の⾊”との⼀期⼀会この喜びを伝えたい

奈良の⼯房でそんな毎⽇を送るうち、この喜びを私⼀⼈のものにしておくのはもったいない、ひとりでも多くの⼈と共有したい、と考えるようになりました。
そして草⽊染めのブランドesinuが⽣まれました。esinu=エシヌは「吉野」の古い呼び名で、「美しい野や⼭」を意味しています。
esinuの製品を⼿に取ってくれた⽅に、ひと時、その⾃然の声に⽿を傾けていただき、⾃然とともにある豊かな「⼼の体験」をお届けできたら幸いです。

「⾃然の声を伝える媒体」として草⽊染めブランドesinu が⽬指すこと

esinuは「⾃然の声を伝える媒体」としてお客様に次のような体験を提供したいと考えています。
1 ⾃然との対話を感じる体験
esinuの製品を通じて、お客様は草⽊や⼟、⽔、空気といった⾃然の存在を⾝近に感じ、そこに息づく⽣命の循環を実超えた、⾃然とのつながりを⾝体感覚で体験することに他なりません。

2 時間を超えたつながりを意識する体験
草⽊染めや⼿織りには、古来より受け継がれてきた知恵や技術が息づいています。esinuの製品を⼿にしたとき、お客様は「私の⼿元にあるものが、何世代
もの⼈々の知恵と⾃然の営みから⽣まれたものだ」という感覚を抱くかもしれません。それは、過去から未来へと続く縦のつながり、そして⾃然や地域といった横のつながりを感じさせる、深い安堵感と尊敬の念をもたらします。

3 ⼼と⾝体が癒されるセラピー的体験
草⽊染めや⼿織りの製品が持つ穏やかで⾃然な美しさは、現代の効率主義や⼈⼯的なものに囲まれた⽣活に対する安らぎの対極です。esinuが提供する体験は、お客様の⼼を静め、感性を⽬覚めさせ、⾃然に抱かれるような癒しの感覚を与えるでしょう。それは、⾃然の声を聞くこと⾃体が、忙しい⽇常を忘れ、⾃分⾃⾝を
⾒つめ直す時間になるからです。

4 ⾃らの暮らしを⾒直すきっかけ
esinuの活動を通じて、お客様は「⾃分の⾝近な⾃然の中にも美しさや価値がある」と気づくことがで
きます。例えば、⾃宅の庭の葉や花が染料になる可能性
を知り、⾃分の暮らしに⾃然を取り⼊れたくなるかもしれません。その気づきは、⾃分の⼿で何かを⽣み出す喜びや、⾃然と調和した暮らしへの意識を芽⽣えさせるでしょう。
5 ⾃然への感謝と畏敬を育む体験
「植物の命を⾊に移した」草⽊染めと出会うことで、⽇々の⽣活の中で⾃然への感謝と畏敬の念を抱くきっかけが⽣まれます。esinuの製品を⼿にすることは、単なる消費⾏為ではなく、⾃然とともに⽣きる姿勢への気づきの機会となるのです。それは、お客様にとって「物を持つ」以上の意味を持つ、⾃然との深い関係性の象徴となるでしょう。

esinuは、お客様が⾃⾝の⽣活に⾃然との対話を取り⼊れ、⾃らの⼼⾝を癒し、暮らしを彩るきっかけを提供します。それは、⾃然との調和と循環の⼀部となる新しい⽣き⽅への第⼀歩でもあるのです。